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     日常を、いろどる。

 贋作

はじめに

特養部門は、約2年ぶりのブログ更新。
特別養護老人ホーム パレット“中の人”です。
お久しぶりです。
「みなさんが描いた絵をいっぱい飾れたら、きっと楽しい。」

そんな出来心から約2年、今回このような企画を実施しました。

パレット大贋作展

作品紹介

作品解説①

ジュアン・ミロ
『アンリク・クリストフル・リカルの肖像』の贋作
Hideo氏 89歳

2022年4月、中日新聞に掲載されていたミロの『リカルの肖像』を見ながらこの作品を制作されました。
パレット大贋作展の先陣を切るのは、Hideo氏の『リカルの肖像』で決まりだと確信していました。
この絵をご本人に観ていただいた際、「上手いな!誰が描いたんだ?」と感心していました。

作品解説②

アンディー・ウォーホル
『マリリン・モンロー』の贋作
Etuko氏 76歳 & Tamae氏 93歳

Etuko氏が2023年3月ごろ鉛筆で下書きを描いてくださった作品です。
元々ファッションや美容に興味がある方なので、気に入ってくれると思って参加していただきました。
色塗りはTamae氏に行なっていただきました。
女性陣お二人の共作。力を出し合い1つの作品を完成させる試みは、企画の可能性を拡げました。
また、"アート作品を介して、その人の生活歴や個性を反映する“という
企画の方向性を定めるきっかけにもなった大切な作品です。

作品解説③

ジャン・ミッシェル・バスキア
『Untitle』の贋作
Tadashi氏 86歳

Tadashi氏には、手指のむくみ予防のためにクレヨンを握っていただきました。
グルグル…と黒い線が渦を巻き、30秒ほどで
パーンッ!!!
と、持っていたクレヨンを投げ放ち作業終了。
Tadashi氏とバスキアの"型にはまらない″部分にシンパシーを感じます。

作品解説④

ウジェーヌ・ドラクロワ
『民衆を導く自由の女神』の贋作
Kazuo氏 83歳

一生懸命、色えんぴつとクレヨンで描いて下さりました。
黙々と作業に集中し「これで完成です。」と満足げに応えるKazuo氏。
またしばらくするとクレヨンを握り無我夢中に。
結局、2日程かけて完成。
スタッフに手を借りることなくご自身で完成するかどうかもその都度判断していただきました。
飾る場所もご本人が選び、いつもの散歩コースに設置することが出来ました。
この絵はきっとAIには描けません。

作品解説⑤

グスタフ・クリムト
『ユディトⅠ』の贋作
Satoru氏 77歳

「絵なんて描いたことない。」、「裸婦画なら描いてもいい。」と冗談半分で言っていたSatoru氏。
下書き後、「おっぱいを強調して色を塗ってくれる?」と今作のアピールポイントを語る一幕も。
水彩画、クレヨン、折り紙、フィルムなどを多用し、全展示作品のなかで一番複雑な制作過程を経て完成しました。
完成後は、「あんな冗談が、まさかこんな風になるとは。」と喜んでいらっしゃいました。
Satoru氏が観やすい、パブリックスペース中央に設置しました。

作品解説⑥

バンクシー
『風船と少女』の贋作
Tamae氏 93歳

型紙を介して色を吹きかけるバンクシーの技法『ステンシル』とTamae氏が得意とする
『切り絵』の親和性に可能性を感じ、制作を打診しました。
抽象的な表現よりも、シンプルな細い線で写実的に描くことがお好きなTamae氏。
約2週間に渡り制作し、その間に3回少女の切り絵部分をやり直し。
その後は背景部分を何度も試行錯誤されました。
「白を明度1とした場合、少女の肌の色が明度3程度なので、それよりも濃い色を背景にすると
Tamae氏の制作した少女が目立たなくなる。」
「構図的に、画面の右側スペースに文字があると少女に目が行きにくくなる。」など、シンプルな絵ですが
絵画やデザインの基礎や方程式が詰まった作品です。
"THERE IS ALWAYS HOPE”=希望はいつもそこにある。原画にも書かれているメッセージです。

作品解説⑦

エドヴァルド・ムンク
『叫び』の贋作
Kimiko氏 93歳

カワイイ。
最強にカワイイ。
創造物には作り手の内面が反映されると言われますが
まさに作り手のKimiko氏の可愛らしさや愛嬌など沢山の魅力が詰まった作品だと思います。
悲壮感や絶望感を描いたムンクの『叫び』でさえ、Kimiko氏にとってはケセラセラ。
こんな風に年齢を重ねていけたらいいなぁ、とついつい思ってしまいます。
何歳だろうとカワイイは作れる。

作品解説⑧

葛飾北斎『凱風快晴』×フィンセント・ファン・ゴッホ『星月夜』
コラボレーション贋作
Toshihiko氏 88歳

「俺に絵なんて描けるわけないだろ!」
それが第一声でした。
亭主関白、日本男児、地震 雷 火事 オヤジ。
昭和の生き字引きのような存在。
そんなToshihiko氏には、多少怒鳴られても"赤富士"を描いてもらいたいと今回懇願しました。
下書きは、赤・青・緑・オレンジ・水色・そして黄色の6色の水性ペンを使用。
仕上げは水彩画で描きました。
この黄色のマーカーが本作品の肝で、Toshihiko氏は雲を黄色で描いて下さりました。
黄色い雲が連なる青空…そうだこれはゴッホの『星月夜』だ!!
と、この時コラボレーションさせることを思いつきました。
こんな幻想的な赤富士は、きっと世界でこの1枚だけ。北斎もゴッホもビックリしているかもしれません。
この出来栄えには、Toshihiko氏も喜んでいました。

作品解説⑨

クロード・モネ『睡蓮』×ジャクソン・ポロック『収斂』
コラボレーション贋作
Hideo氏 89歳

作品解説①の『リカルの肖像』制作から約1年。
今回、Hideo氏にはモネの『睡蓮』を描いてもらいました。
このHideo氏が描いた『睡蓮』には、カエルが2匹描かれています。
ですがモネの描いた睡蓮の原画250枚全てに、カエルが描かれているものは1枚もありません。
何故カエルを描いたのかご本人に伺うと、「池から出てきた。」とコメント。
天才です。
こんな発想力が豊かな方、なかなか居ません。
天才的発想と独創性を裏打ちするかのようなジャクソン・ポロック(ピカソのライバル)さながら
アクションペインティング技法のオマージュ。
「芸術は爆発だ!」
と、言わんばかりの作品です。89歳の巨匠は健在でした。

作品解説⑩

フィンセント・ファン・ゴッホ
『ひまわり』の贋作
Masae氏 87歳

パレットの畑に植えてある野菜を全て言い当て
散歩に行った際は、草や花を眺めて「きれいだね。」と優しい横顔になるMasae氏。
教養があり、家族想いで、太陽のような明るさ。
そんなMasae氏には、世界で一番有名な花の絵を描いていただきました。
こちらの編集や修正は一切せずに進行。
シンプルなタッチですが彼女らしさや、心の情景がしっかりと表れた名画だと思います。

さいごに

「絵なんて見るヒマない。」

言わずもがな、現実は厳しいわけで。
昼からのお風呂をどうするかとか、
急なシフト変更で休日が減ったとか、
誰かが急に来なくなったとか。
そんな"上手くいかない状況"に心が疲れ切ってしまう時が殆ど。
ニュースでは、人材不足や物価高などこの国の行く末を憂う報道ばかり。
「笑えるわけない。」、「一般業務がキツイのに、レクまで考える余裕なんて無い。」等々
そんな意見や発言をよく耳にします。
これが忖度抜きでリアルな世論だと思います。

それでもこの企画をやって間違いなく良かったことがあります。
それは、「とりあえずやった。」という事です。

コスパやコンプライアンスに厳しいこのご時世、やってみないとわからない事をやらせてくれるのは
大変ありがたいことです。
入居者様にも言える事で、75歳以上になってから藝大生や美大生でも難しいであろう
ドラクロワやクリムトの模倣画を描いたり、展示するなんて、まずあり得ない。
「分らんけどやってみた。」
「なんかよくわかんないけど、やってみたら楽しかった。」
「あーだこーだ言う前に、手を動かしてみて良かった。」
そう思ってもらえたら、この企画は成功です。

たった一度でいい。本当に魂が震えるほどの喜びを味わったのなら
その人生は生きるに値する。 (ニーチェ『ツァラトゥストラ』より)

改めて今回の企画『パレット大贋作展』に、協力してくださったり、最後まで優しく見守ってくださったスタッフ
並びに関係各所の皆様、本当にありがとうございました。
周りの人々のおかげですが、何か新しい事に挑戦できる環境でとても幸運です。

この3階の展示スペースが利用者様や働いているスタッフの皆様
来所されたご家族様、ホームページをご覧になっている方々にとって
少しでもホッと出来る空間になっていれば幸いです。

これからも良いレクリエーションや企画を行っていきます。
今後もパレット、ぜひご期待ください!